ISO14001 − 時代をキャッチアップ(第31回)

 

 国際競争に生き残る資格

                  ノーカーデーで視野を広げる

 

トミタテクノス株式会社

 

 

 炊飯器やオーディオ機器などの家庭電化製品や自動販売機などの金属部品を製造しているトミタテクノス(本社・小野市、大谷和之社長)はことし五月、環境管理システム構築の国際規格ISO14001の認証を取得した。 国際的な企業間競争に生き残るための資格を確保するねらいもあるが、工場内の環境保全活動だけでなく、月一回ノーカーデーを設定するなど、地球環境の保全も活動の課題に取り入れていて、新しい動きとして注目される。

 

 


カマ、クワ、鍛冶屋の工具等の修理から

 いまは松下電器産業、松下冷機などの協力会社として金属部品を精密にプレス加工したり、金型をコンピュータ設計している中堅企業だが、一九四九年の創業当時は家族や親類五人だけのカマ、クワ、鍛冶屋の工具等の修理屋さんだった。

 「その日その日が食えればやれやれという毎日。 それがここまでこられたのは、時代の流れになんとなく乗ってきたとしか思えない」

 冨田久次会長は、発展は自らの努力よりも自然のなりゆきであったと謙虚に言う。

 隣の金物の町三木市に親類、知人が多く、その縁で農具や鉄工具等の修理を始めたたころ、鉄工所を買わないかという話があり、飼っていた牛等を売り、それを資金源として同社は発足した。 折から朝鮮戦争の金へんブーム。 スコップやハンマーなどの注文が殺到し、軌道に乗った。

 その後は加古川市の多木農機(当時)が農機具の輸出に乗り出し、多量の生産を受注した。 鉄板を削っていては間に合わないから、と型抜きの技術指導を受けた。

 一九五九年に貫目をキログラムで表示するメートル法が完全実施されると、ハカリの製造に追われた大和製衡鰍ゥら部品製造の注文を受け、金型やプレスの精密な技術を磨くことができた。

 そうして一九七八年、オーディオブームで松下電子部品はスピーカーの増産態勢に入るが、大阪市内にある下請け工場は騒音規制のため夜八時までしか創業できず、そこでプレス加工の仕事が回ってきて、松下電器産業との縁ができた。

「なにごともタイミングです。 人、技術、仕事、環境等が、たまたまうまく合った」と冨田会長はふり返っている。

 

 

企業の生き残りをかけ

 ISO14001取得の話は約六年前に持ち上がっていた。 社内からの声ではなく、松下グループから「近い将来、コストダウンのために部品を海外調達する動きが大きくなるだろう。 国内の部品メーカーは、単に技術面だけではなく、環境問題でも海外企業との比較の場に立たされる」という話が伝えられた。

 「環境マネジメントの構築など、我が社には人もなく金もない。 とても手が出ない」と当時の冨田社長は渋った。 コンサルタント費用、人材教育費用、設備改善費用などかなりの額になりそうだからだ。 ところが、部品調達の海外シフトは本格化し、国内部品メーカーは新たな企業評価を獲得しなければ生き残れない様子がはっきりしてきた。

 「これも世間のなりゆき。 いま苦しくても、将来のことを考えてがんばろう」

 冨田社長は、自らの方針を転換した。 松下グループからは、下請け企業単独では費用負担が大きいだろうから、と近畿圏の五社が共同でコンサルタントの指導を受けられるように、と支援があった。

 キックオフは昨年五月、大阪で五社の幹部が集まり、企業生き残りのために互いに励まし合って一年後には認証を取得しよう、と誓った。 五社そろって「群審査」を受け、そろってゴールに到達しよう、と約束した。

 翌六月、二代目社長であった冨田久次氏は会長になり、娘婿の大谷和之氏が社長を継いだ。 若い大谷社長は、ISO14001の認証取得を国際的な企業間競争生き残り策であるとともに、次世代への責任、地域への貢献を果たすことだととらえた。

 環境マネジメントの燃料使用量削減に、通勤ノーマイカーデーを設定したことは、環境マネジメントを本社・工場のサイトに限定せず、地域環境のマネジメントまでを視野に入れていて、新しい企業活動だ。

 

 

「トラの巻」で意欲を刺激

 環境マネジメントを進める事務局は品質管理課が担当した。 小治隆一課長は会社の方針がまだ決定されない前からISOの講習会などに出席して勉強していたが、テキストを見るたびに「これはむつかしい、一〇〇%はとてもできない」と思ったと言う。

 自社でできる範囲でまずスタートしよう、できないことはプログラムに上げない、と決めた。

 七部署の部課長によって推進体制がつくられたが、期限は一年間。 しかも「群審査」を受けるので落ちこぼれは許されない。 トップダウンの力を背景に、小治課長は環境側面の抽出を独力で進めた。

 三十年近い現場の経験を元に、現場の設備ごと、機械ごとにエネルギーや資源のインプット、アウトプットの骨格を描き、現場に下ろして検討と確認を求めた。

 「問題は、マニュアルをどうつくるか、ということとともに、全従業員にどのようにして理解してもらうか、意識をどう向上させるか、その点でした」と言う。

 ISOの研修というと、多くの企業で、日常業務の上に加わる余計なことだ、という意識が強い。 トミタテクノスでも、ことに幹部社員から「時間が取られて製造量が落ちる」と不満があった。

 しかし、ここでもトップダウンで「三年後の企業のためにいま三十分間の勉強を」と、昼休みの二十分を従業員が提供し、午後の就業十分を会社が提供して「一般教養」の勉強会が開かれた。 従業員講習は一回で終わる企業が多いが、トミタテクノスの従業員はこの「一般教養」を四回受けている。

 勉強しても忘れてしまっては意味がない。 そこで小治課長は、受験勉強の「圧力」を利用することにした。

 「群審査のとき、質問されます。 それにきちんと答えなければなりません」と審査という圧力を持ち出した。 「でも六項目だけ暗記しておけば十分です」と小治課長は「トラの巻」を作成した。

 「このトラの巻は、教わったことを忘れないために、また質問されても困らないためのものです。 必ず質問されると予想される内容と答えが表にしてあります」と予想問題のQ&Aが記されている。

 審査では「いやあ、まぐれだったでしょうが、予想がぴたりと当たり、きちんと答えてくれました」と小治課長はほっとした。 ことし五月十六日の認証取得のあと、審査員から「従業員の返答ぶりは満点でしたね」という講評をもらったという。

 

 

ベトナム語でも対訳集

 トミタテクノスには二十数人のベトナム人従業員がいる。 十数年勤務していて日本語ができる従業員もいるが、片言しかできない人もいる。 文化や生活習慣が違うのは当然だが、環境方針や環境マネジメントの手順、環境目標などの理解が違っては困る。

 ISOは国際規準だから、国籍が違っても同一の理解、行動ができるはずだ、と小治課長は同一レベルの環境意識を求めることにした。

 それを達成するために、再び受験勉強でおなじみの対訳方式を採用した。

 まず、理解すべき項目を絞り込んで一覧表をつくり、項目ごとに小治課長が説明する。 それを日本語ができる同僚がベトナム語で通訳して、理解できれば一覧表に自分でベトナム語で書き込んでいく。 これを根気よく続けていくと、職場ごとにそれぞれのベトナム語のマニュアルブックが完成する。

 トミタテクノスが独自で考え出した学習方法だが、外国人労働者を雇用している企業にとって参考になるだろう。

 ここでも「トラの巻」で使われているように「ISO用語」は日常の用語に置き換えられている。 全員が理解できるようにと、苦労の作だ。

 「著しい環境側面」というのは「当社で使用されている商品のうち、環境に悪影響を与えるワースト項目」と置き換えられ、「環境方針」は「このワースト項目を改善するために社長によって表明された取り組み方」と言い換えられている。

 「環境マネジメントプログラム」は「目標を達成する達成するための計画書。 何を、いつまでに、だれがするかを決めたものです。 例えば、ガソリン、軽油の削減のために月一回、バスや電車、徒歩や自転車で通勤するととです」ときわめて具体的だ。

 

 

通勤にノーカーデー

 トミタテクノスの環境マネジメント達成目標のうちの大きなものに廃棄物の二六.五%削減というのがある。 これは、加工した金属の表面を洗っていたトリクロロエチレンを廃止することによって大きな削減になる。

 電機エネルギーの削減は三年間で三%が目標で、照明の削減、コピー機の共用使用、加工機の金型セッティング時間短縮などによる。 さらに変わったところでは、ジュースなどの自動販売機の台数をこれまでの六台から四台に減らす、というアイデアがある。

 大谷社長をはじめ環境マネジメント推進担当者が節電の材料捜しをしていたときに、どうも自動販売機があちこちで目につく、なぜ多いのだろうか、という話になった。

 以前は午前と午後の休憩時間が各五分だけだったので、職場に近いところに販売機が必要だ、という声に押されて増殖してしまったらしい。 「でも今は各十分になっている。 少し離れていても支障はないだろう」と早速二台が取り払われた。

 「わが社は自動販売機の部品もつくっているので、ちょっと皮肉なことになりましたが、環境問題の前ではわがままは言っておれませんからね」と大谷社長は苦笑する。

 環境問題には「改革には痛みが伴う」ことがしばしばあるが、その代表的なのが、燃料使用量削減のための「月一回の通勤ノーカーデー」だろう。

 従業員九十四人のうちマイカー通勤は六十人。 毎月第三土曜日をノーカーデーとして、電車やバスなどの公共交通機関を使ったり、自転車に切り替えたり、一.五キロ以内居住者は徒歩通勤を勧めるることにした。

 毎月この日の駐車場の様子を写真に撮って記録しているが、いまのところ上々の成果だという。

 これによる燃料使用量削減目標は三年間で二.一%とそれほど大きな数字ではないが、痛みを伴う環境保全活動は、数字以上の精神的効果がある。

 さらに、工場内だけの環境保全ではなく、地域環境への貢献という姿勢は、地域から地球へ、という大きな運動を身近に感じさせてくれているようだ。

 

 

* 「ひょうご経済戦略」 2001年9月号 p24〜p26

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